雪の夜、釣りに向かう車の中で、足早に家路を急ぐ子どもを見て、創作してみました。

雪の外套　武田保広

（昭和６３年雑誌『塩筑教育』に発表）

　

　世界は、しんと静まりかえっています。夜もすっかり深まり、峠道のわきの木々も、岩々も黒いカーテンで覆われました。

　その黒いカーテンとカーテンの間を兄妹が家路を急いでいます。町へ買い物にでも行ったのでしょう。兄らしい男の子は、大きな重そうな包みを背負っています。妹らしい女の子は、泣きべそをかいているようで、兄の手に引かれています。

　兄妹が、峠の頂上へきたときです。黒い空から雪がまってきました。ふたりは顔を見合わせ、うなずきました。そして、ふたりの足は、速まりました。

　峠道を下りかけたときです。どこからか歌が聞こえてきました。兄妹の兄は止まり、再び顔を見合わせました。

　

「踊れ、踊れ、そら右、そら左。」

「回れ、回れ、そら右、そら左。」

「踊れ、踊れ、そら左、そら右。」

「回れ、回れ、そら左、そら右。」

　

　ふたりには、それが、だれかの声であるかのように聞こえましたが、あたりには、人影などありません。ふたりは、また歩きはじめました。

　しばらく行くと、また、さっきの歌が聞こえてきました。ふたりは、また、足を止めて顔を見合わせました。そのとき女の子が、口をぽかんとあけて、道のわきを指さしました。振り向いた男の子が見たものは、踊っている雪たちでした。白い毛皮の半纏を着た雪のおじいさん、おばあさんたちが、ひとりが地上へ降りると、またひとりが、黒い天から踊りながら降りてくるのです。ふたりは、ひと回りして見ましたが、やっぱり雪たちが踊っているのです。

　

「踊れ、踊れ、そら右、そら左。

　回れ、回れ、そら右、そら左。

　つづけ、つづけ、子らよ　つづけ．

　いそげ、いそげ、子らよ　いそげ。」

　

　ひとりの雪のおばあさんが、歌をやめて、黒い天に向かって言いました。

「ゆきおや、ゆきこや、早くおいで、もうすぐ南風くるよ。」

そして、また歌を歌いながら、木の枝の上で踊りました。黒いカーテンに覆われた木々の技にだんだん白い葉が、増えていきました。

　

「つづけ、つづけ、子らよ　つづけ。

　いそげ、いそげ、子らよ　いそげ。」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　

　冷たい北風が、ヒユーと一吹きしました。そうしたら、天の方が、ちょつとにぎやかになりました。

　

「北風きたよ　みんなで踊ろ。

　北風歌った　みんなで歌お。

　しんしんしんのシーン　シーン。」

　

　兄妹のお父さんくらいの雪たちが、歌いながら、踊りながら、ふたりの目の前を次々と降りていきました。次から次へと、何万、何億、何兆という雪たちが降りてきて、道の上や、木の枝や、岩の上で踊っています。黒いカーテンがだんだんはがれ、白くなっていきました。

　

「南風くるよ　みんなで行こう。

　南風笑うよ　みんなでいそごう。

　しんしんしんのし−ん　し−ん。」

　

　すると、あたたかい南風が、ポーウと一吹きしました。木の技の上で踊っていた雪たちの中のひとりが、天に向かって言いました。

「ゆきくん、ゆきちゃん、南風きたよ。早く、早く、おいで。」

　暖かい南風が、またボーウと一吹きしました。天の方が、にわかに、さわがしくなりました。

　

「南風きたよ　踊ろよ　踊ろ。

　南風笑った　歌およ　歌お。

　しんしんしんのし−ん　し−ん。

　踊ろよ　踊ろ　みんなで踊ろ。

　歌およ　歌お　みんなで歌お。」

　

歌いながら降りてきたのは、小さな、小さな雪ん子たちでした。白い毛皮のコートを着て、まっすぐに降りてきます。雪ん子たちの踊りは、それはど上手ではありませんが、。口をそろえて、かわいい声で歌いながら、ふたりの帽子や肩の上に降りてきました。そして、みるみるうちに、兄妹の外套は白くなっていきました。

　

「南風きたよ　いそげよ　いそげ。

　南風笑った　おりよ　おりろ。

　しんしんしんのし−ん　し−ん。」

　

　南風が、ボーウ、ボーウと一吹き二吹き、回数を増しました。丘の枯れ木たちも、南風にそそのかされて、ホーウ、ホーウと歌いました。雪たちの踊りもだんだん速くなりました。兄妹の帽子や肩の雪たちは、手をとり合って、ふたりの足もとの雪たちも肩を組んで、右や左に回りながら踊りました。天から降りてくる雪ん子たちは、兄妹のからだを包むように、しんしんと歌いながら次から次へと集まってきました。

　

「踊ろよ　踊ろ　みんなで踊ろ。

　歌およ　歌お　みんなで歌お。

　しんしんしんのし−ん　し−ん。

　包めよ　包め　やさしく包め。

　包めよ　包め　あったかく包め。」

　

　ふたりの帽子や肩の雪ん子も、ふたりの足もとの雪たちも、木の技の雪たちも、岩の上の雪たちも、みんなそろって踊っています。兄妹は、顔を見合わせ、にっこりしました。

　

　強い南風が、ボーウ、ボーウとかけぬけました。雪たちの踊りも歌も、もうどこにもありません。雪は、すっかりやんで、峠の黒いカーテンも、すっかり衣がえを済ませ、真っ白です。真っ黒な天は、美しく光る宝石の星空にかわり、オリオンの三ッ星が、ひときわ輝いています。峠の雪も、星空の光で、ときおり、キラッキラッと輝いています。

　兄妹は、手をとり合って再び家路を急ぎました。

　

「包めよ、包め　やさしく包め。

　包めよ　包め　あったかく包め。」

　

　兄妹の歌う歌が、峠の上に響きました。そして、ふたりの白い外套が、小さく小さくなって、やがて消えていきました。